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人柄と評価
ファンと関係者は批判、メディアは批判を通り越して達観気味。
唯一王監督のコメントには思い遣りを感じた。
批判パッシング
居酒屋、喫茶店など町中でも安易に批判をまくしたてる声が多かった。
しかし、よく見ている人はいるもので、このような話があった。
「ボールが違うんですよ」
点の取れなかった理由は打球に勢いがなく外野へ飛ばなかったせいだ。
プロはシビアにミートポイントを設定している。
特に長距離砲ほどそうだ。
ボールが変わるとミートポイントが外れて全て詰まった当たりになる。
当然ピッチングにも影響する。握りの感覚は最後まで掴めなかっただろう。
監督の責任?
星野監督は一年前にボールの違いの重要性を訴え、選手を慣らすために調整期間を取るよう各球団のオーナー会に要請している。
これは却下された。理由はシーズンピークに集客力のある選手を一日でも試合から外したくないためだ。しかし、こんな結果までは予測してなかっただろう。現場の声はまず無視されるのである。事後、結果に対して一方的な責任転嫁が待つのみだ。
替え時を誤ったという論調もよく耳にする。勿論、これは表面的な結果論だ。根本的な原因があるのだから、1.その場しのぎで結果的に勝てないことに変わりない 2.替えて打たれないという保証は全くない。打たれれば替えた監督が悪いと叩くのだから結果論としか言いようがない。 3.次の試合(勝利)を考えていれば簡単に替えない。
星野監督の采配は人を育てるという点に特徴がある。追い込まれてからの選手の能力を信頼するというもので、対策は当日のマウンドでなく事前のミーティングや練習で行うというものだ。逆に押さえれば攻めに転ずる機会を作れるのだから攻撃的な野球ができないということ自体、選手の力不足の証明なのである。
頭打ち状態なのだから交替は単なる消耗戦だ。これでは交替しても攻めの機会が作れない。
後はどう力のなさを誤魔化すか、その延長上の話でしかない。勝利につながらないレベルで替え時だの視野だの競っても仕方ないのである。
選手の責任は免れない
日の丸を表彰台に云々……本気でそう思っているなら今シーズンはオリンピックのために契約更改しないことでしょう。他に勝つ方法ありません。
また、ボールの違いに戸惑い、克服することを試合中に諦めて自ら敗者と成り下がるという試合態度はどうなのか。諦めた時点で試合が終わることは言うまでもないだろう。
子供やファンの見ている前でこの態度。プロと言えるだろうか。
日本でも昔「オリンピックは参加することに意義がある」という言葉に従っていた。これを今の観戦者、参戦者は力がなかった時代の負け惜しみ、という側面のみで捉えているだろう。なので勝てそうもないと見るや試合を投げ出すのである。
勝てないなら勝てないなりに少しでもボールに食らいついて行くべきだ。
せめて感動は残る。それでオリンピックは味わえるだろう。
次は勝つという気迫に繋げられるだろう。
一生懸命やれば誰でもできることすらできてない。
国内で頂点に立ったプレイヤーたちが、少年たちに「勝てそうもない試合は早々に投げ出せ」「勝てそうにない試合で頑張るのは格好悪いから負けた時のことを考えて言い訳じみたプレーをしろ」と教えてしまった点、どう責任を取るつもりなのだろうか?
余計毎ながらこの五輪を観戦した少年たちが大人になった時のことが不安だ。負け組の匂いを嗅ぎ取った時、挽回の努力など浮かばず(そんな姿を見ることがなかったためである)、早々に絶望して自棄と凶行に走るのではないだろうか。選抜選手誰一人として子供たちの視線があることを考えていなかったのだろうか? 少しでも意識していたら、辛くとも諦めを表に出せなかった筈だ。
情けないのは選手を指導する側の球界人からこのような指摘が一切出てこないことだ。これでは野球界が人を育てる環境にあるとは言えない。采配云々にのめり込むのはいいが、もっと大事なことを忘れていないか? 誰のお陰で選手たちは喰っていけてるのだ? 一番感謝し恩返しをしなくてはならない存在を置きざりに比して些末な技術論など展開している場合だろうか?
4位という成績は決して悪くない。その順位に応じたプレーができないチームはオリンピックに出場してはいけない。
敗因は何だったのか?
日本人だから、と言えるだろう。
まず、韓国と比較すれば日本人は勝つための思考に欠けている。なりふり構わずという言い方もあるかもしれないが、勝つために必要なことをしている側が勝つのは当たり前なのである。
といって、アメリカ人のように職業主義に徹している訳でもない。オーナーの本音を尊重するなら、プロの選手を派遣するべきではない。職業野球なのだから直接収入を落として儲からないオリンピックのために選手を放出したくないという考え方自体は自然だ。五輪よりメジャー、五輪より○(虎とか鯉などが入る)とはっきり言えれば問題ない。最小の損失で選手を貸してあわよくば金を取り人気に結びつけよう……などと考えていたとしたら勝てないだろう。
選抜の発想は「寄らば大樹の陰」。日本人のダメな所で、とりあえず名のある選手を並べておけば……と安易にプロ選手を推挙してしまうのである。いい大学、いい会社、学歴社会を批判して息巻いているお父さんたちも結局長いものに巻かれろ族である。
アマチュアでやる気のある選手、金メダルに執念を燃やす選手を探して鍛え、北京に向かった方が様々な意味でいい結果が出ていたことは間違いない。
こんな状態でメダルを期待する方が悪いのである。期待を裏切られた、と怒ってみた所で後の祭りだし、そもそも筋違いだ。期待に応えられない相手に期待した所で期待を叶えてくれる道理がないではないか。
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